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福岡高等裁判所 昭和63年(ネ)346号 判決

主文

一  原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

主文と同旨。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  控訴人学校法人甲大学(以下「控訴人大学」という。)は、私立学校法に基づき設立された学校法人であり、昭和五七年当時、控訴人Bは同大学理事長の地位に、訴訟承継前の一審被告C、控訴人D、同E、同F、同G、同H、同I、同J、同K及び訴外(一審被告)亡Lは、同大学理事の地位にあった(以下理事の地位にあった右C以下一〇名を「控訴人Dら理事一〇名」という。)。

被控訴人は、昭和三八年五月二一日控訴人大学職員に採用され、昭和五四年一月一日付で同大学管財部施設課係長に、昭和五六年一月一日同大学総務部企画課長に昇任した。また、被控訴人は、控訴人大学に採用されると同時に、同大学に勤務する教職員で組織される甲大学教職員組合(以下「組合」という。)に加入し、昭和四四年一〇月一日から昭和四七年九月三〇日まで組合書記長、同年一〇月一日から昭和五一年九月三〇日まで組合執行委員長、同年一〇月一日から昭和五二年九月三〇日まで組合書記長、同年一〇月一日から昭和五三年九月三〇日まで組合執行副委員長の地位にあった。

また、本件に関連する訴外Mは、昭和五五年一月一日から昭和五七年八月二四日まで控訴人大学が設置する甲大学学長の地位にあり、その間の昭和五五年九月一日から昭和五六年六月一八日までは控訴人大学理事長代行を兼任していた。

2(一)  控訴人Dら理事一〇名は、昭和五七年八月一八日理事長である控訴人Bに対し、臨時理事会の招集請求書を提出して臨時理事会の招集を求めたが、同請求書に添付された「M氏の理事長代行としての職責違反」と題する書面(以下「本件職責違反理由書」という。)には、被控訴人に関する次のような記載がある(以下同記載事実を「本件事実」といい、このうち前節を「前段部分」と、後節を「後段部分」という。)。

「施設課係長(昭和五四年一月一日昇任)N(前組合委員長、現在も組合員)を、昇格昇任基準に適合しないにもかかわらず、五六年一月一日付をもって総務部企画課長へ二階級特進の異例の抜擢を行ったことは、恣意専断による情実人事であって、公正に行使せらるべき人事権の濫用である。さらに、同人を組合員として留まらせたうえ、これを契機として一部の組合幹部(旧役員を含む)との癒着を図り、理事長代行当時はもちろん、現在も学長による組合への支配介入の機能を事実上果している。」

(二)  控訴人Dら理事一〇名は、昭和五七年八月二四日に開催された控訴人大学臨時理事会の席上、本件職責違反理由書記載の本件事実をあたかも真実であるかのように主張するとともに、控訴人B理事長を通じて本件事実を広く控訴人大学内外に公表するよう主張し、若しくは控訴人Bがこれを公表することを容認した。

(三)  控訴人Bは、控訴人大学理事長として、同月二五日、本件職責違反理由書を添付した学内速報(以下「本件速報」という。)を作成して控訴人大学教職員に配布し、さらに、同年九月一七日(発行日付は同月一三日付)、被控訴人の氏名を○○と匿名にして本件事実前段部分を掲載した甲大学広報(以下「本件広報」という。)を発行して、これを控訴人大学の教職員、学生、父兄、同窓会関係者らに配布した。

3  本件事実中、被控訴人が前組合執行委員長でありかつ昭和五七年当時も組合員であったこと、昭和五四年一月一日に控訴人大学施設課係長に、昭和五六年一月一日に総務部企画課長に昇任したこと、及び企画課長昇任人事が控訴人大学の内規に定められた昇格昇任基準に形式上適合しないものであったとの点を除き、その余の事実は全く事実無根である。

本件事実前段部分は、これを読む者をして、被控訴人の総務部企画課長への昇任が、被控訴人の能力に対する正当な評価によるものではなく、Mと被控訴人との間の情実関係に基づき公正でない手段、方法によってなされたと理解させるものであり、同後段部分は、右情実の具体的内容を述べたと解されるもので、被控訴人が旧組合幹部として組合に対する事実上の影響力を行使し、現組合幹部をしてMの意向に添った組合運営等を行わせる役割を果してきたと印象づけるものであって、本件事実は、その前段、後段とも被控訴人の名誉を毀損するものである。

もっとも、本件広報では被控訴人の実名を伏せて「○○」という匿名扱いになっているが、本件広報に掲載された本件事実前段部分の、「施設課係長(五四年一月一日昇任)○○(前組合委員長、現在も組合員)」で「五六年一月一日付をもって総務部企画課長」に昇任した者が、被控訴人であることは控訴人大学教職員等には明らかであり、しかも、本件広報配布以前に被控訴人の実名を記した本件職責違反理由書を添付した本件速報が配布されていたから、控訴人大学関係者や近隣住民は、本件広報に記載された「○○」が被控訴人を指すことは容易に知り得る状況にあった。したがって、本件広報に被控訴人の実名は記載されていないものの、同記載の本件事実の摘示が、被控訴人の名誉を毀損することに変りはない。

4(一)  控訴人Bは、本件速報及び広報を発行配布することによって被控訴人の名誉を毀損し、控訴人Dら理事一〇名のうち訴外Lを除くその余の九名は、控訴人Bに対し本件事実を公表するよう主張し若しくは同控訴人が公表することを容認したことによって、控訴人Bの右行為を共謀若しくは幇助したものであるから、右控訴人らは、民法七〇九条により右行為によって被控訴人が受けた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  控訴人Bの右行為は、控訴人大学理事長としてその職務を行うにつきなされたものであるから、控訴人大学は民法四四条一項により損害賠償責任がある。

5  本件事実は、被控訴人が理事者側と結託し組合に対する支配介入の手先となって組合運動を歪めてきたとの印象を与えるものであり、しかも、それが理事会という控訴人大学の最高機関の正式の決定として公表されたものであるだけに、これに接した人々に本件事実の真実性を強く印象づけ、永年組合運動の指導的立場にあった被控訴人に対する信頼と評価を無に帰せしめる効果を有するものであったことなどを考えると、本件名誉毀損行為によって被控訴人が受けた精神的苦痛に対し相当な慰藉料は、三〇〇万円を下らない。

6  Cは、昭和六二年一〇月三〇日死亡し、相続により妻である控訴人Oが二分の一、子である控訴人P、同Q、同R、同S、同Tが各一〇分の一の割合でCの権利義務を承継した。

7  よって、被控訴人は、控訴人ら各自に対し、右慰藉料三〇〇万円(但し、亡C訴訟承継人控訴人Oは一五〇万円、同訴訟承継人控訴人P、同Q、同R、同S、同Tは各三〇万円)及びこれに対する訴状送達の翌日の日である、控訴人F、同Jは昭和五七年九月二七日から、控訴人Eは同月二九日から、その余の控訴人らは同月二五日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する控訴人らの答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、控訴人Dら理事一〇名が理事会において本件職責違反理由書記載の事実を主張したことは認めるが、その余は争う。

(三)  同(三)の事実は認める。

3  同3は争う。

本件職責違反理由書の記載は、すべてMの言動を対象とするものである。すなわち、本件事実前段部分は、Mが昇任基準を無視して被控訴人を施設課係長から総務部企画課長に昇任させたことをとらえて、Mの人事権の濫用と批判しているのであり、本件事実後段部分は、Mの理事長代行あるいは学長としての組合に対する関わり方を批判しているのであって、いずれも被控訴人の名誉を毀損するものではない。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

三  控訴人らの抗弁

1  Mは、理事長代行当時の昭和五六年五月二三日甘木市との間で、同市に高校を開設することなどを内容とする甘木市進出に関する基本協定を締結したが、その後控訴人大学理事会において審議が重ねられ、同年一二月五日開催された理事会で、右甘木市との協定を破棄する旨決議された。さらに、翌昭和五七年八月一六日評議員会委員が理事会に対しM学長の解任を要請し、これを受けて控訴人Dら理事一〇名は、同月一八日理事長である控訴人Bに対し、Mの学長解任を議題として臨時理事会の招集を請求したものであり、これに基づき同月二四日開催された理事会において、Mの学長解任が決議された。

2  控訴人Dら理事一〇名は、臨時理事会の招集を請求するに際し、M学長の解任を求める理由を明らかにし理事会の審議の便に供するため、本件職責違反理由書及び「M氏の学長としての職責違反」と題する書面を添付して、Mの職責違反行為を具体的に摘示したものである。

一方、控訴人Bは、理事長として学長の解任という異例の事態に直面し、これが単なる派閥ないし権力闘争とみられることを防止しかつ学長解任による学内の混乱を回避するためには、大学関係者にMの学長解任事由たる職責違反事由等を示すことが適当と判断して、本件速報及び広報を発行配布したものである。

3  被控訴人は、昭和五六年一月企画課長に昇任した当時、係長に二年間在職しただけでその通算勤務年数も一七年七か月であったから、控訴人大学の昇格昇任基準(昭和五三年四月一日施行の技術職員その他の職員の職種・職務及び職位並びに職員の昇格、昇任に関する規程)によれば、課長補佐の要件(係長在職六年、通算勤務年数一八年六月)も充足せず、かつ、Mと一部組合幹部との間には癒着とみられる言動もあった。

4  したがって、本件速報及び広報に記載された本件事実は真実であり、仮にそうでないとしても控訴人らにおいて真実と信ずるにつき相当な理由があり、かつ、本件事実の摘示は、学長解任の適否という公共の利害に関する事項について、専ら公益を図る目的でなされたものであるから、控訴人らの行為は不法行為に該当しないものというべきである。

四  抗弁に対する被控訴人の答弁

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、控訴人Dら理事一〇名が臨時理事会の招集を請求するに際し本件職責違反理由書を提出したこと、控訴人Bが理事長として本件速報及び広報を発行したことは認めるが、その余は争う。

3  同3の事実のうち、被控訴人が企画課長に昇任した当時、課長の昇任基準に達していなかったことは認めるが、その余は争う。従前から昇格昇任基準は、組織の実情に応じてある程度弾力的に運用され、基準にあわない昇任や役職の発令が行われていた。

4  同4は争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実、同2(一)、(三)の事実、同(二)の事実のうち控訴人Dら理事一〇名が理事会において本件職責違反理由書記載の事実を主張したこと、並びに抗弁1の事実、同2の事実のうち控訴人Dら理事一〇名が理事会の招集を請求するに際し本件職責違反理由書を添付して提出したこと及び控訴人Bが理事長として本件速報、広報を発行配布したこと、同3の事実のうち被控訴人が企画課長に昇任した当時控訴人大学の昇格昇任基準に関する内規で定められた課長の昇任基準に達していなかったこと、は当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に〈証拠〉によれば、次のとおり認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  Mは、昭和五五年一月一日控訴人大学が設置する甲大学の学長に就任し、同年九月一日から昭和五六年六月一八日までは控訴人大学理事長代行を兼任していた。Mは、控訴人大学の将来にわたる経営の安定のためには、財政の健全化、労使関係の安定及び経営計画の樹立が必要と考えていたが、その経営計画の一環として昭和五六年初めころから甘木市への進出を検討し、同年五月二三日甘木市との間で、「控訴人大学は、今後その主たる根拠地の一つを甘木市に置くこととし、昭和五八年四月を目途に高等学校普通科を甘木市に開設すること、甘木市は控訴人大学施設用地として約九九万平方メートル(三〇万坪)を無償提供すること」等を内容とする基本協定書を締結した。しかし、その後右甘木への進出計画は控訴人大学の経営を悪化させかつその計画推進の仕方もMの独断専行であるとの意見が学内に強まり、昭和五六年一二月五日開催された控訴人大学理事会において、甘木市との間の右協定を破棄する旨の決議がなされた。そして、昭和五七年八月一六日控訴人大学評議員会委員八名連名による控訴人大学理事長宛のM学長解任の要望書が提出され、これを受けて控訴人Dら理事一〇名(当時の控訴人大学の理事現員総数は一九名)は、同月一八日、当時の控訴人大学理事長であった控訴人Bに対し、M学長の解任を議題とする臨時理事会の招集を請求し、これに基づき同月二四日開催された臨時理事会において投票の結果、賛成一三票(B理事長及び理事を兼務していたM学長は投票不参加)で、Mの学長解任が決議された。

被控訴人は、昭和三八年三月工業高校を卒業して同年五月二一日控訴人大学職員に採用され、管財部施設課で技術系職員として勤務していた。そして、昭和四四年一〇月一日から昭和四七年九月三〇日まで組合書記長、同年一〇月一日から昭和五一年九月三〇日まで組合執行委員長、同年一〇月一日から昭和五二年九月三〇日まで組合書記長、同年一〇月一日から昭和五三年九月三〇日まで組合執行副委員長の地位にあり、その間の昭和五二年六月一日から昭和五三年一〇月三一日までは控訴人大学を休職し組合業務に専従していた。

Mは、同人の企図する経営計画を推進するためには有能な人材を積極的に登用することが必要と考え、理事長代行の地位にあった昭和五五年一二月、当時控訴人大学事務局長兼人事部長の地位にあったUに対し、被控訴人を総務部企画課長に登用するよう指示した。Mと被控訴人とは、Mが医学部長当時組合役員であった被控訴人と医学部定員等の問題で折衝したことや、Mの学長就任後当時施設課係長であった被控訴人が学長室に赴いてMの決裁を得たことがあったことなどから面識はあったが、右職務に関連する以外の個人的繋がりはなかった。Mは、被控訴人との右のような接触等を通じ、被控訴人を積極性、指導性、企画力等に秀れているものと評価して、その登用を指示したものであった。U事務局長は同月下旬、被控訴人に対し企画課長への昇任の内示をしたが、被控訴人は当時組合役員を辞めて間もなかったことなどから右昇任を受け容れることは誤解を招くおそれがあると考え、右申出を一旦は断わった。その旨報告を受けたM理事長代行は、U事務局長に対し被控訴人の説得を指示し、同局長は再度被控訴人に会って右昇任を受け容れるよう説得した結果、被控訴人もこれを了承し、被控訴人は、昭和五六年一月一日付で総務部企画課長に任命された。

ところで、控訴人大学における昇格、昇任に関しては、昭和五三年二月に制定(同年四月一日施行)された「技術職員その他の職員の職種、職務及び職位並びに職員の昇格、昇任に関する規程」があり、昭和五六年当時の同規程によれば、高校卒で係長から課長補佐になるためには、係長在職年数六年、採用後の通算勤務年数一八・五年を要し、課長に昇任するためには課長補佐在職年数五年、通算勤務年数二三・五年を要するものとされていたが、被控訴人の昭和五六年一月一日時点における係長在職年数は二年、通算勤務年数は一七年余で、未だ右規程に定める課長補佐への昇任基準にも達していなかった。M理事長代行は、被控訴人の企画課長への登用に際し、U事務局長から右内規で定める昇任基準を充たしていないとの指摘を受けたが、被控訴人の能力に対する評価を重視し、被控訴人の企画課長へ昇任人事を推し進めたものであった。

2  控訴人Dら理事一〇名が理事長に対し臨時理事会の招集を請求するに当っては、理事長宛の招集請求書を提出したが、同請求書には、「議題及び提案理由書」と題する書面、「M氏の理事長代行としての職責違反」と題する書面(本件職責違反理由書)、「M氏の学長としての職責違反」と題する書面、及び評議会委員八名の連名によるM学長解任の要望書が添付されていた。

ところで、本件職責違反理由書には別紙のとおりの記載があり、その内容は、大項目として三項あり、第一が基本協定書等の締結に重大な注意義務違反があったというもので、八項の小項目にわたってその具体例を列記し、第二が本件事実を記載したものであり、第三がV管財部長の降任処分の不当性に関するものである。

本件事実前段部分中、被控訴人が前組合執行委員長であり、昭和五六年八月当時も組合員であったこと、被控訴人の企画課長への昇任が、M理事長代行の意向によって実現したもので、控訴人大学の定める昇任基準を充足せず二階級特進の抜擢人事に該当すること、はいずれも真実である。しかし、M理事長代行による被控訴人の登用が、被控訴人の能力以外の個人的な関係等に基づいてなされたことを認めるに足りる証拠はない。

また、本件事実後段部分に関しては、控訴人大学では昭和四七年ころから昭和五一年ころにかけて激しい労使紛争があったが、Mは、労使関係の安定を重視していたこともあって、同人の理事長代行在任当時労使関係はきわめて円滑であり、組合執行部においてもMの大学経営の理念等を評価しこれに期待する傾向があった。しかし、被控訴人がMの意向によって組合員として留っていたこと、あるいはMが被控訴人を通じ若しくは自ら組合幹部との癒着を図って組合への支配介入をしていたことを認めるに足りる証拠はない。現に控訴人大学は、本件速報発行後間もなくの昭和五七年八月二七日行われた組合との団体交渉において、本件事実後段部分についてはその証拠がないので削除する旨回答し、同月二八日付学内速報に右回答が登載されたが、同年九月一日行われた組合との団体交渉では再び右削除部分の復活を求め、同月二日付学内速報に添付された別紙には本件事実全部が登載された。しかし、控訴人大学当局は、W組合書記長の申入れを受け、同月七日付学内速報で、「同月二日付学内速報に添付した別紙は、内容の事実確認がなされず虚偽であるので、不手際な点があったことを陳謝し回収します。」と表明した。本件速報発行後の控訴人大学当局の右のような対応は、同当局においてもMと組合との癒着を裏付ける的確な資料を持合わせていなかったことを示すものといえよう。

3  昭和五七年八月二四日の臨時理事会終了後、M及びMの解任に反対していたX、Y、Zの各理事は直ちに退席した。控訴人B理事長は、その場に残っていた控訴人Dら理事一〇名のうちC、F、Lを除く七名(Lは当日欠席し、C、Fは途中退席した。)及びa常務理事らに対し、M学長の解任をどのような方法で教職員に知らせるべきかにつき意見を求めた。その結果、当時学内の一部にはMの学長解任問題が派閥や権力闘争に基因するものとの見方をする者もあり、そのような誤解を解くため、学内速報に理事会での討議資料となった臨時理事会招集請求書の添付書面も添えて知らせるのが相当との意見が多数を占めた。そして、控訴人B理事長が控訴人大学事務局に指示し、総務部総務課が所管して同月二五日付で本件速報が追加印刷分も含め一八〇部作成され、教職員を対象に控訴人大学の各部署に配布された。

本件速報は、一枚目がB4版で「学内速報」と題され、その本文には理事会の議決によりM学長を解任したこと及び解任に至るまでの経緯が控訴人B理事長名義で簡潔に記載されている。そして、その後に控訴人Dら理事一〇名が臨時理事会の招集を請求するに際し理事長宛に提出した前記2に判示の招集請求書以下本件職責違反理由書を含む五通の書面の写が添付されている。

4  控訴人大学における広報の発行については、その基本方針及び編集方針を決定するための常設の機関として理事長以下一〇名で構成される広報委員会が設けられており、さらに広報委員会で一〇数名の編集委員を選出し(昭和五七年当時被控訴人も編集委員であった。)、広報発行の事務は、総務部企画課が担当していた。

控訴人B理事長は、昭和五七年九月二日広報委員会を開催し、その席で、大学広報号外を発行して控訴人大学の在学生、卒業生、父兄等に対し学長解任の事情を知らせること、右広報の記事は、本件速報及びこれに添付された資料を使用することが決められた。同日引続き編集委員会が開かれ、右広報委員会の決定に基づいて、記事の具体的登載方法が検討された。その結果、本件職責違反理由書中の本件事実後段部分については、前記2に判示のとおり同年八月二八日付学内速報に撤回の記事が出ていたこともあって、同部分は本件広報に登載しないこと、並びに本件職責違反理由書に記載された被控訴人及びVの氏名を匿名とすることが決定され、同編集方針に基づいて同年九月一三日付で本件広報が二万五〇〇〇部作成され、教職員、在学生、父兄、同窓生に配布された。

本件広報には、その冒頭に大きな活字によってb広報編集委員長名義で、M学長が解任されたこと及びそれに関し大学関係者の正しい理解を得るため学内速報の概要をまとめて広報号外として発行した旨が記載されているほかは、本件速報の記事内容をその添付資料も含めてそのまま登載したものである(但し、前記のとおり本件職責違反理由書中の本件事実後段部分は削除され、かつ、被控訴人の氏名は、○○と、Vは△△と表示されている。)。なお、本件広報では、本件職責違反理由書中の被控訴人の氏名が○○と表示されているものの、企画課長への昇任と明示したその記事内容から、○○が被控訴人を指すことは、多くの控訴人大学関係者には自ずと明らかなことであった。

三  ところで、言論、出版等の表現行為により名誉が侵害された場合にも、当該表現行為が公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、右行為は違法性を欠き、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実であると信じたことについて相当の理由があるときは、右行為は故意、過失を欠き、いずれの場合にも不法行為は成立しないものと解すべきものである(最高裁昭和四一年六月二三日判決・民集二〇巻五号一一一八頁、同昭和六二年四月二四日判決・民集四一巻三号四九〇頁参照)。

これを本件についてみるに、前項に判示のとおり、本件速報及び広報は、控訴人大学当局において、M学長を解任したことに関し、その経緯と理由を控訴人大学関係者に周知させる目的で発行配布したものであり、その際解任理由の一部として本件事実が掲記されたものであるから(但し、本件広報の記事は本件事実前段部分のみ)、本件速報及び広報の本件事実の掲載は、公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合に当たるものといえる。

そこで、本件事実の真実性についてみるに、本件のような学校法人が学校関係者に対する広報を目的として発行した文書に掲載された記事が個人の名誉を侵害するものか否かは、これを読む者の通常の注意と読み方を基準として、当該記事全体が与える印象によって判断するのが相当であり、真実の証明があったか否かについても当該文書が読者に与える右のような印象を基準として検討すべきものと解せられる。本件速報、広報の場合、本件事実部分のみを読むと、その読者に対し、前段部分は被控訴人が能力、適格性がないのに情実により課長に登用されたとの印象を、また後段部分はMの意を受けて被控訴人が組合との癒着に協力したかのような印象を与えるおそれがないとはいえない。しかし、本件速報、広報に添付、掲載された本件職責違反理由書全体の文脈の中でこれを通読すると、同理由書は被控訴人の処遇及び立場に藉口してMの理事長代行としての職責違反行為を指摘するものであることが明らかであり、その表現方法に不適切な部分はあるものの、要するに、本件事実前段部分は、Mが内規で定める昇格昇任基準を無視して被控訴人を課長に登用するなど恣意的人事をしていることを、同後段部分はMが組合と癒着し同人の組合に対する姿勢に問題があることをそれぞれ指摘することに主眼があること、換言すれば、被控訴人の無能性や反組合的行為を指摘して被控訴人に対する人身攻撃を加える目的ないし意図のものでないことが一見して明らかに看取できるのであって、本件事実特にその後段部分が、本件速報、広報を読む者に対し、被控訴人の無能性や反組合活動等被控訴人個人の名誉を侵害するような印象を抱かせる可能性はきわめて小さいものと解せられる。そして、前記二2に判示のように、組合との癒着に関する事実の証明はないが、本件事実前段部分の指摘中、M理事長代行による被控訴人の企画課長への登用が、昇格昇任基準に違背する二階級特進の抜擢人事であったことは真実であるから、本件事実については、その主要な点において真実であることの証明があったものとみて差し支えないというべく、結局、本件速報、広報の発行配布行為は、名誉侵害の不法行為の違法性を欠くものといわねばならない。

四  よって、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当として棄却すべきものであるから、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鍋山 健 裁判官 湯地紘一郎 裁判官 林 秀文)

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